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M&Aにおける財務デューデリジェンス(財務DD)は、過年度の財務諸表を確認するだけでなく、進行期の会計帳簿を調査することも重要です。
特に非上場の中小企業では、毎月必ず月次決算を行っているとは限りません。たとえ実施していたとしても、その数値は確定決算に基づくものではなく、未確定の要素を多く含む点を前提に考えておく必要があります。
それでも、進行期調査を通じて対象会社の最新の会計データを確認することは、収益の傾向や経営の安定性を把握する上で非常に有益です。確定情報でなくても得られる情報は多く、M&Aの意思決定に役立ちます。 よって、財務DDでは可能な限り進行期調査も実施することが望ましいといえます。本Q&Aでは、その進行期調査において特に重要となる視点と、実務で注目すべき理由を解説していきます。
Q1:財務DDの進行期調査で特に重要となる視点を教えてください。
A1:調査対象会社が非上場中小規模の会社を前提とした場合、主に次の3項目が挙げられます。
- 大きな変化点が無いか
- 期中現金主義会計を行っている場合の留意点
- 期中概算計上・期末精算仕訳を行っている場合の留意点
- 収益や費用の「期ズレ」
Q2:大きな変化点が無いかについて、なんとなくは判りますが、もう少し詳細に教えてください。
A2:進行期の合計残高試算表や、総勘定元帳、仕訳帳を確認し、損益や資産負債の動きを、金額の大きなものを中心に確認します。前年同月比で、売上、原価、販売費及び一般管理費に変化点は無いか。営業外損益、特別損益に計上されているものの内容は何か。大きな金額の設備投資の有無。重要性の高い資産の除却、売却が無いか。借入等の大きな増減が無いか。といった視点で確認し、
もし該当あればその理由をヒアリングします。 もし、直前の決算期までの財務諸表しか確認していなかった場合、こういった直近の大きな動きを知らずにM&Aを実行することになり、実行後に「こんなはずではなかった」となりかねません。もし、DDで進行期の会計数値が確認できなかったとしても、最低限、進行期の大きな動きの有無とその内容をヒアリングしておきたいものです。
Q3:期中現金主義会計を行っている場合の留意点とは何でしょうか?
A3:期中現金主義で会計処理を行っている場合、過年度の財務諸表との単純比較ができないため、比較する場合は進行期の月次合計残高試算表を発生主義に修正する必要があります。
「現金主義」とは、現金預金が増減した時点で資産負債、収益費用を計上することを言います。お小遣い帳のようなイメージです。対になる会計用語として「発生主義」があり、これは、現金預金の動きに関係なく、取引が発生した時点で計上を行います。
例えば、卸売業で、1月に商品を売価100万円販売し、2ヶ月後の3月にお客様から入金される場合、後者の発生主義であれば、1月に 借方:売掛金100/貸方:売上100 という仕訳を行い、3月に 借方:現金預金100/貸方:売掛金100 という仕訳を行います。1月に売上100が収益計上されるため、正しい時期に正しい売上額を把握することができます。一方、現金主義であれば、1月の販売時点では何も仕訳を行わず、お客様から入金があった3月になって 借方:現金預金100/貸方:売上100 という仕訳を行います。
このように、会計上、正しい損益や資産負債を把握できるのは、「発生主義」ですが、非上場中小企業では、期中の毎月の会計帳簿作成時は現金主義で会計処理を行い、期末時点で発生主義にするための決算整理仕訳を行う、といった方法が採られている場合も見受けられます。期中は但し損益を把握することができない、といったデメリットはあるものの、現金主義の場合、複雑な簿記の知識も不要であり、事務負担が小さいというメリットがあります。期中の会計帳簿作成は会社の経理担当者が行い、期末の決算整理仕訳のみ、顧問税理士が作成するというケースもあります。
「非上場中小企業は、期中現金主義会計で会計処理を行っている可能性もある。」ということを知っておけば、まずは進行期の会計帳簿が発生主義なのか、現金主義なのかを事前に確認・ヒアリングした上で、正しい分析を進めることができます。ぜひ、頭に入れておきましょう。
Q4:期中概算計上・期末精算仕訳を行っている場合の留意点とは何でしょうか?
A4:非上場中小企業では、期中の会計処理の一部を概算額で計上し、 期末の決算整理仕訳で、正しい金額に修正を行うという処理も多く見られます。Q3の理由と同様、事務負担の軽減という側面や、月次決算の早期化を目的としている場合もあります。
財務DDで進行期の損益を確認する際には、こういった概算計上の有無を把握しておく必要があります。概算計上であっても、金額的重要性が低い場合など、分析を行う上で特段の問題が生じなければ良いのですが、当期の事象によっては、前期実績とは大きく乖離する場合もあるため、その場合は、必要に応じて実額に修正した上で分析を行う必要があります。
月次会計処理で概算計上が多く見られる内容としては、「減価償却費」「棚卸資産」「引当金繰入」「未払費用」「法人税等」「控除対象外消費税」です。こちらも、知っておけば事前に気付くことができますので、代表的な項目だけで良いので抑えておきましょう。
■概算計上の例
- 減価償却費:前期実績の12等分で概算計上
- 棚卸資産:月次棚卸を行わず、売上原価が想定原価率になるように金額を定め、差額で棚卸資産を計上
- 引当金繰入:賞与引当金や貸倒引当金の繰入額を、前期実績を基に概算計上
- 未払費用:水道光熱費等、請求書の到着が遅い費用は前期実績、前月実績等を基に概算計上
- 法人税等:前期実績を基に概算計上 ・控除対象外消費税:前期実績を基に概算計上
後編に続きます。
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本稿は、中小企業のM&Aにフォーカスし、わかりやすく解説するために、専門用語ではない表現を用いている部分があります。また、網羅性を排除して一般的な内容のみに限定して解説している箇所がございますので、予めご了承ください。
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公開日 2025年8月27日
執筆者 アクタス税理士法人 シニアパートナー 税理士・中小企業診断士 丸山貴弘
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